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2008年8月30日 (土)

大野病院事件について

記事元:時事通信 YAHOO!ニュースより

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産科医の無罪確定へ=帝王切開死、検察が控訴断念-「今後は慎重に捜査」・福島

福島県立大野病院で2004年、帝王切開手術を受けた女性=当時(29)=が大量出血して死亡した事故で、業務上過失致死と医師法違反の罪に問われた執刀医加藤克彦被告(40)を無罪とした福島地裁判決について、福島地検は29日、控訴の断念を決めた。控訴期限の9月3日が過ぎれば、無罪が確定する。
 公判では、癒着した胎盤を子宮から剥離(はくり)した際に大量出血を予見できたのかと、剥離を中止し子宮摘出に移る義務があったのかが主な争点だった。
 地裁は20日の判決で、子宮摘出に移るべきだとした検察側主張について「医学的準則だったとは認められない」とし、被告に剥離措置を中止する注意義務はなかったと認定。検察側立証は医学書の記述などにとどまり、主張を裏付ける臨床例を提示していないと指摘していた。
 同地検の村上満男次席検事は「違反者に刑罰を科す(医師の)注意義務をどうとらえるかで、裁判所は検察と異なっていた。裁判所は臨床、検察は医学書に基づいており、判決のような考え方もある」とし、控訴しても裁判所の判断を覆すことは困難とした。
 加藤被告の逮捕、起訴について「法律と証拠に基づいてやった。判断としては間違っていない」としたが、「今後はより慎重、適切な捜査をしたい」と述べた。 

医療に携わる立場からすれば、この司法の判断は正しいと思います。もちろん亡くなられた方ご遺族様の心中をはいかばかりかと思います。

医療行為は命を扱う非常に責任のある仕事です。状況によっては生死にかかわることにも遭遇します。しかも非常にそのリスクの高い場合もありますし、生命体である以上「絶対」は存在しないでしょうし容態が急激に変わることもあるでしょう。その中で、予想できない事態のもとで可能な限り手を尽くしたのであれば、それに対して非難することができるのでしょうか?

今回の問題の中で被告である医師側についてのマスコミ野の取り上げ方をみていると、事の本質についてきちんと平等に勘案しないで報道していたふしがあるように思えます。マスコミの情報の流し方によって視聴・聴衆者がどう捉えるかが変わってしまうことがこんなに恐ろしいことだということを知りました。裁判の内容から判断したら報道の仕方や、検察の立件にはかなり無理があるのでは…と思わざるを得ません。きちんとしたことをやって逮捕されてマスコミには散々こき下ろされたのではたまったものではありません。しかもこのニュースはあんまりマスコミが取り上げていないんですよね。せめて中立的な報道をすべきではなかったのかと思います。

他の方のブログにも書いてあったのですが、日本国内での周産期の母子の死亡率・また生後1年未満の乳児の死亡率は世界でも最も低いレベルにあります。アフリカの発展途上国と比較すると50倍ほどの開きがあります。現在の医療レベルを持ってしても不可避な事故もありうるのです。それに対し、医療従事者サイドで落ち度がなく、事故に至った場合に対して立件をされるようなことがあるのであれば、ただでさえ訴訟リスクの高い産科医療を志す医師など減ることが目に見えています。そういう激務と緊張感の中、何もなかったかのような「無事」こそが一番ありがたく大事なのだと思います。

私も人間のではありませんが、動物に対して非常に生命維持の危機に瀕している動物の治療に遭遇することはあります。もちろん動物の産科も行います。これらの治療を行うにあたってその説明は丁寧にご納得頂き了承のうえで治療にあたります。インフォームドコンセントは非常に重要です。ただ、実際それだけでは不十分になってきているようにも思います。事実、動物医療の現場においても訴訟となるケースは年々増えています。とある獣医師の常軌を逸した動物の取り扱いや、およそ治療とはいえない内容を施したのであれば、それは糾弾されるべきでしょう。きちんとした説明をし、それを同意して、なおかつ適切な治療を行ったにもかかわらず、やみくもに告訴されることも実際多いらしいです。

「死」というものは非常に重い事柄ですので、安易に扱うべきではありません。訴訟が悪いというわけでもありません。

私は少なくとも来院された動物の命を預かる身として、飼い主様のご意向を尊重して、仕事をするまでです。

しかし、世知がない世の中になってしまったもんですね。

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2008年8月 3日 (日)

オリンピックにそれと関係ないタレントは必要か

北京オリンピックがはじまります。

4年に1度のスポーツの祭典なんですが、スポーツを通じた国家の代理戦争みたいな意味合いなんかも持ってたりしますよね。もっとも、昔は旧社会主義体制と資本主義国家とがなんか維持の張り合いみたいなことをよくやっていたのを思い出しました。

それが完全になくなったわけではないんでしょうけど、そう考えると(オリンピックそのものは)随分平和になったもんだと思います。とはいえ、やはり政治のコマに使われたりしているのも事実。チベット紛争の件で開会式に出るだ出ないだので一悶着ありました。

そんなオリンピックですが、最近はまったくオリンピックやスポーツと何の縁もゆかりもない人がやたら「応援団」などと称して出てくることが多いです。他のスポーツ中継なんかをみていてもそう。しかも、ただ応援としてくるのならともかく、番宣がらみでとりあえず出てきている輩がいるので、純粋にスポーツを見たい人間にとっては不愉快そのものです。

視聴率をとろうと思ってのことでしょうけど、逆に見る気をそいでくれる→視聴率が上がらない→広告収入が減る→番組制作費が削減される→番組の質がさらに落ちる

民放の現在陥っている状態です。そりゃ、ネット配信にむかうでしょ。

そういう意味ではNHKは安心して見ていられます。受信料をわけのわからん使い方しなければもっといいのですけどね。

さておき、北京とは時差が近いので睡眠時間をあまり気にせずみられるからいいですね。

現地の大気の状態は改善されたのでしょうか。選手の皆さんにはがんばっていただきたいです。

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